「完璧に歌う事ができれば自然と楽器で演奏ができる」とウォーン・マーシュは言っていた。

ウォーン・マーシュという名前を知っていても、彼のレコードを持っている人は余程のマニアでないと居ないかも知れません。リー・コニッツと共にレニー・トリスターノの門弟で1949年に、Intuitionという歴史に残るレコーディングで有名になったのですが、いわゆるエネルギッシュな演奏のビ・バップの主流とは違う知的な演奏のためか、過小評価されていた感じがします。

 

1980年頃だったと思うのですが、友人に紹介されて87丁目のウェストサイドのスタジオに彼のレッスンを受けに行きました。ボーカルやらいろんな楽器の若者達がレッスンを受けていました。1時間たったの$25、今考えると破格のレッスン代です。テナー・サックスを吹く時とタバコを吸う時以外は大学教授のようなインテリな風貌でとつとつと話す方でしたが、時々鋭い目線でジロっと見て「No, No, そこは違うんだよ!」と言われる事がありました。

最初のレッスンは、トランペットを一度もケースから出しませんでした。言われた事は「レスター・ヤングのSometime I’m Happyの入ったレコードを買って、覚えるまで一緒に歌って来なさい」でした。 2度目のレッスンもほとんどトランペットを吹くことなく、「Sometime I’m Happyを今かけるから一緒に歌ってみなさい」でした。そして次回までに「レコード無しでも完全に歌えるようにして来なさい」でした。

3度目のレッスンで「じゃあ、Sometime I’m Happyを吹いてみなさい」言われました。今まで一度もこの曲を練習した事が無かったのですが、間違えずに演奏できました。これには自分も大変驚きました。一流のプレイヤーがフレーズを正確に歌える理由がその時初めて理解できましたし、逆にフレーズが歌えれば楽器でもできるという事が身をもって体得できたような気がしました。要は自分の声を耳に聞かせる事で音のイメージが完璧に頭の中に出来上がるので、楽器でも簡単に演奏できるという事だと思います。

上記は1984年にウォーン・マーシュがノルウェーのジャズ・ミュージシャンに行ったレッスンの様子です。9:30分からスケールを生徒に歌わせるシーンがあります。3rd、5thくらいはできるのですが、7th, 9thになるとこれが意外と相当に難しいんですが、本当に完璧に歌う事ができればイントネーションは飛躍的に向上する事間違いなしです。

24:50分からリズムトレーニングの様子が紹介されていますが、ウォーン・マーシュの教えてくれた事はこんな感じでした。2拍対1拍、3拍対1拍、4拍対1拍を、右手対左手(1拍対2拍の逆もやる)→右手対右足(逆もやる)→左手対左足(逆もやる)→右手対左足(逆もやる)→左手対右足(逆もやる)→両手対両足(逆もやる)→右手足左手足(逆もある)、最後は1,2,3,4と声を加えてタッピングしてマスターする。簡単なようで、これは凄く難しいです。次に3拍対2拍、4拍対3拍、5拍対4拍と難易度が上がるんですが、3拍対2拍はなんとかできるのですが、後はとても難しくて私にはできませんでした。ウォーン・マーシュはタッピングする前に間を置いて考えるのですがほぼ完璧でした。馬鹿みたいな事ですが、これができればドラマー顔負け、完璧なリズム感をマスターする事ができるのだと思います。

この次がコードのレッスンで、最初は2分音符だけで練習し、4分音符、8分音符と続けるというこれも非常に基本的な事なのですが、意外と難しいです。これができれば、ウォーン・マーシュのようにある程度先のコードを予見するようなフレージングができるようになるのだと思います。

上記はレニー・トリスターノ、リー・コニッツ、ウォーン・マーシュの歴史的なレコーディングと言われる、Intuitionというアルバムです。ただしトラック#1~#12はウォーン・マーシュ・クインテットの演奏で、#13~#19がIntuitionです。Sometime I’m Happyの教えのように、何百回も聞いて頭の中に完全にイメージを作り上げた上での演奏が故にオリジナルのコードに沿いながらも、新たな解釈による自由かつ奔放な広がりのあるフレーズが湧き出てくるのだと思います。いわゆるメインストリームのジャズとは、若干異なる演奏スタイルではありますが、アドリブを勉強する上では彼らのアプローチは非常に参考になるというか、アドリブの正に基本の基になるものだと思います。

次は1980年にベルリンで催されたレニー・トリスターノのメモリアルコンサートの演奏です。月並みなラインになりがちなボディーアンドソウルを、しょっぱなから天から降ってきたかのような斬新なフレージングを展開しています。


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