アルトゥーロ・サンドバルも愛用するトランペットをデザインした、フリップ・オークスさんにお話を伺いました。

フリップオークスワイルドシング(Flip Oakes Wild Thing、以下”WT”と記載)という楽器はあまり日本では情報が無いのですが、アメリカではアルトゥーロ・サンドバルが愛用していたり、フリップさん自身がバルブ・アライメントをして完璧な品質管理をしている事もあって、隠れた人気の楽器なのです。不躾にもインタビューをお願いしたのですが、快く引き受けて下さいました。

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Q: 音楽家一家にお生まれになったそうですが、初めからミュージシャンになろう思ったのですか?

A: 両親は生活が安定するから音楽の教師になれとずっと言っていました。12才で父親のバンドで初めて仕事をしてそれ以来、高校では音楽のクラスを取ったのですが、音楽学校に行く気になりませんでした。とにかくジャズを演奏したい!という事が自分でわかっていましたから。

Q: リペアーショップを始めたきっかけはなんだったのですか?

A: トランペットがもちろんメインでしたが、テナーサックスもダブルで始めたのです。ある日リペアーに出したのですが戻って来たら、ひどい音になっていた。私は車の修理も好きで高校時代にショップで2年ほど働いた経験もあり、機械いじりが得意だったこともあって自分で修理できるかもしれないと思ったんです。古いリペアーショップを買い取って、Orleanというニューヨーク州のアルバニー近くの小さな町にショップを開きました。後に楽器店にしたのですが1977年の大寒波で景気が悪くなってしまって、店を閉めて生まれ故郷の南カリフォルニアに戻りました。

Q: ベニー・カーターもダブルですが、2つの楽器を演奏するのは難しくないですか?

A: 8才でトランペットを始めたのですが、21才の時にスタン・ゲッツを始めて聞いて、これがこれからの音楽だと思いテナー・サックスを始めました。当時オルガンのトリオの仕事があって、テナー・サックスの方がより音楽にマッチしたという事もありました。当時まだフリューゲルホルンを吹いた事はなかったのですが、家内のジョイスにフリューゲルホルンとバルブトロンボーンを吹いてみたいと話していたら、誕生日に両方の楽器をプレゼントしてくれました。

Q: ワイルドシングという楽器が誕生した経緯について教えて下さい。

A: 最初は自分用に普通のBbのトランペットをデザインして、ジグ・カンスタルさんに3本造ってもらったんです。これをビジネスにするなんて事は全く頭にありませんでした。ある時、サンディエゴシンフォニーのジョン・ワイルドさんが訪ねて来てこの楽器を試したとき「なんて、ワイルドな楽器なんだ!」と言ったんです。「じゃ、Wild Thingとでも呼ぼうか」と冗談を言い合ってました。私の工房では楽器の修理もやってたので、何人ものミュージシャンが訪ねて来て試奏する度に「This thing is really wild!」と皆同じ事を言うんです。楽器はまだメッキ前だったので、ジグさんといろいろとやり取りをする時にIDが要るというので、いっその事「ワイルドシング」にしようという事になりました。暫くしてレディングのジャズフェスフェスティバルで演奏した時、いくつかのバンドが出たんですが、トランペットプレイヤー達が吹かせてくれと言って演奏したところ、「なんだこりゃ、この楽器は!・・・是非売ってくれ」という事になって、なんとその場で2本を譲る事になったんです。

Flip Oakes Wild Thing in Silver Plate

Q: アルトゥロ・サンドバルがWTを使うようになった経緯はなんだったのですか?

A: 友人のネイサン・ミルスさんがサンディエゴのジャズクラブでFlip Oakes Celebrationモデルを演奏していたところにアルトゥーロが訪ねてきて、楽屋でそれをネイサンから借りて吹いたんです。2,3フレーズを吹いてだけで気に入ってしまって「いくらで譲ってくれる?」となったんです。この様子はYoutubeで観られますよ。ネイサンは自分の楽器は譲れないので私に電話をかけて来て、「アルトゥートが気に入ってると言っている、明日WTを持って来てくれないか」と言ったのです。先約がありその時間に私は行けなかったのでWTを直ぐに届けました。「アルトゥーロが気に入らなかったらどうしよう」と大変不安でした。その夜9:45pmにアルトゥーロから電話があって「すぐ来て欲しい」と言われました。会うなり「何も言わなくていい、いくら払ったらいい?」となったのです。そしてフリューゲルホルンのマウスピースを探しているので今直ぐ見せてくれと言われて、もう夜の11:30pmを過ぎていましたが35マイル離れている私の工房に案内しました。彼はWT#3のマウスピースを気に入って買ってくれました。彼は昼から何も食べてなかったのですが、まるで子供のように新しい楽器を得て、はしゃいでいました。WTを造り上げるのにかかった25年間の全てが報われた日でした。それ以来、彼と私は良きパートナーであり友人です。

左からFlip Oakes, Arturo Sandoval, Nathan Mills

Q: 途中でリードパイプを変更したと思いますが、アルトゥロはどちらを使っているのですか?

A: 初期モデルの25-Oのリードパイプです。より大きくてオープンなリードパイプです。2013年にリードパイプを43に変えました。その理由は、より多様な演奏環境に適しているからです。

Q: WTは、0.470″のエクストララージボアでベルもフレヤーが太いんですが、よりパワーが必要だったりバテやすいのでしょうか?

A: WTは非常に効率性が高くて、肉の薄いライトモデルですからそんな事は全くありません。身体の小さいプレイヤーもWTを演奏していますよ。ラージボア―でも効率性の悪い楽器もあるのでそのような意見があるかもしれませんが、、。WTはとにかく従来のトランペットとは違うというコンセプトでデザインしてあるのです。ただあまりに今までの自分の楽器と違うといった事にならないように、2種類のチューニングスライド(#1と#2)が付いてきます。他にも2種類の異なったボアのチューニングスライドを用意してあります。

Standard Tuning Slide with brace

(筆者注:次がWTのチューニングスライドのラインアップ、#1と#2が付いてくるスライド)
#1  = 0.470″の円筒形ボア、一番大きくてオープンなスライド
#2 = 0.460″ 一番小さなボアからはじまって、カーブの真ん中が0.464″、バルブ近くが0.470″のボア
#3 = 0.464″ がカーブの真ん中まででその後が0.470″のボア
#4 = 0.464″からはじまって、カーブの真ん中から最後まで0.470″のボア

Q: WTでなぜエクストラ・ラージボアでよりフリーでオープンな吹奏感を求めたのですか?

A: ほとんどのミュージシャンはトランペットが主で時々フリューゲルホルンを演奏するというパターンだと思いますが、私は逆でジャズクラブではフリューゲルホルンの仕事が多かったんです。トランペットに持ち変えたとたん抵抗があり、タイトで詰まったような感覚であまりに音が明るすぎるので、力んでしまって吹き過ぎてしまうんです。そこでよりオープンでフリーな抵抗の少ない吹奏感で、かつ大きな芯のあるサウンドのトランペットが欲しくなったのです。フリューゲルホルンは本当にユニークなサウンドですし、アート・ファーマーがそのサウンドを追及したのも良く理解できます。ある日、彼は私の家にやってきて、トランペットからフリューゲルホルンに持ち替える際の難しさについて私と同じ悩みを持っている事がわかり、その事で夜遅くまで二人でとことん話をしました。新しいトランペットをデザインしてみようと思い立ったのは、アート・ファーマーとの話がきっかけでした。

Q: いままでに影響を受けたミュージシャンは誰だったんですか?

A: 全てのスタイルのジャズ、ディキシーランドからビバップ、メインストリームまで演奏するので、とにかく全てのミュージシャンです。ルイ・アームストロング、ジョナ・ジョーンズ、ディジー・ガレスピ―、クリフォード・ブラウン、マイルス・デイビス、フレディー・ハバード、チェット・ベイカー、メイナード・ファーガソン、コンテ・カンドリ、ショーティー・ロジェ―ス、アート・ファーマー、ルビー・ブラッフ、ボビー・ハケット等々とにかく良く聴きます。サウンド、インプロビゼーション、また素晴らしいリズムセクションにはいつも敬意を表しています。

Q: 音楽以外に楽しまれる事があれば教えて下さい。

A: 私は何をやっても音楽の原点に戻ってしまうんです。音楽が無いと自分を見失ってしまう程です。一緒に演奏した仲間と話したりする事が一番楽しいですね。それから工房に入って新しいトランペットやマウスピースの事を考えたり試作したり、またサックスやクラリネットを修理したりするのが私にとって一番充実した幸せな時間です。

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フリップオークスの工房は、サンディエゴの北、ロサンゼルスから南に2時間弱のオーシャンサイドにあります。インタビューでボブ・リーブスさんと同じく、バルブアライメントの重要性をおっしゃっていましたが、フリップさんのアラインメントも定評があります。次回は工房にお伺いして私の1944年製のマーチンコミッティーのアライメントをお願いしようと思っています。もっとも実際にWTを試奏させてもらうというのが本当の狙いでなのですが、、。


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